建設労働者の腕や知識は絶対に戦争に使わない平和宣言

ウクライナへのロシアの侵略、イスラエルのガザ攻撃、台湾海峡・南シナ海の緊張状態など、世界情勢は混沌を極めています。そのような中、米国とイスラエルがイランへの先制攻撃を強行し、新たな戦争を始めました。最高指導者ハメネイ師が殺害され、子どもを含む多数の民間人が死傷しています。武力行使の禁止、主権平等の原則を明記した国連憲章を踏みにじる侵略に他なりません。蛮行を糾弾し、即時中止を求めます。英仏独の3カ国首脳は、米国とともに、イランのミサイル庫破壊などを行うと声明しました。事態のエスカレーションではなく、外交的解決の道に戻るべきです。

建設産業と戦争のかかわりは、歴史を見れば明らかで看過できない問題です。

そのことは、大手ゼネコン各社の社史を見ると、当時の状況を知ることができます。①「『旅順港閉鎖作戦』では、港の出入り口を閉鎖するため石材調達を大林組が請負い、国内から船で搬入するなど、作戦の成否を決める重要な任務を遂行し、軍から認められた。」(大林組100年史)②「日露戦争中は、朝鮮のほか内地でも軍工事は多忙を極めた。37年には第5師団(広島)厩舎(きゅうしゃ)、同陸軍予備病院、第4師団(大阪)天王寺陸軍予備病院、第11師団(善通寺)陸軍予備病院、大阪陸軍予備病院、陸軍被服廠(しょう)大阪支廠などを受注した。」(大林組100年史)③「鹿島組が満州(中国北東部)で工事を始めたのは、明治38(1905)年である。日本政府は満州内部への輸送増強を図るため鉄路修復、新設、管内諸工事などを鹿島組に特命で発注した。」(鹿島の軌跡)当時の工事は機械化がほとんど進んでおらず、「人海戦術」で、大変な、危険な工事を多くの犠牲者を出しながらやり遂げたのは、社史に名前も載ることのない、現場で働く建設労働者でした。直近でもロシアとウクライナの戦争が続く中、安全確保を前提にしながらも日本のゼネコンやインフラ関連企業で技術提供や調査をすすめています。

私たちの先輩がそれまで家族に安らぎをもたらす住宅の建設のために使ってきた自らの技術や技能を、戦地での兵舎の建設や部隊の車両が侵攻する際の仮設橋の敷設など、戦争のために使わざるを得なかった痛恨の経験に基づいて、モノを破壊する戦争と、モノを作り上げる建設産業は全く相いれないもの、平和でなければ、私たち建設産業に従事する仲間の仕事や暮らしも成り立たない、との思いを共通の思いとして「建設労働者の腕や知識は絶対に戦争に利用させてはいけない。」「建設産業というものは平和であってこそ発展することができる」このことを賃金労働対策部として宣言するものです。

2026年3月8日

埼玉土建一般労働組合 賃金労働対策部