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お知らせ

3.1ビキニデー

機関紙「埼玉土建」


水爆実験で被ばく

核兵器のない世界に

三月一日は六十一年前、アメリカが本格的な水爆実験をビキニ環礁で開始した日であり、静岡県を母港とするマグロ漁船「第五福竜丸」が実験海域近くで操業中に、水爆実験による死の灰を浴びて乗組員二十三人が被爆した日です。この第五福竜丸の被爆を契機に、日本中で原水爆実験反対運動が巻き起こり、日本の反核運動の始まりとなった日です。
「被爆七十年を核兵器のない世界への転換点に」をテーマに「二〇一五年三・一ビキニデー日本原水協全国集会・全体集会」が二月二十八日から三月一日に、静岡焼津市を中心に行なわれました。二月二十八日は、焼津文化センター大ホールにおいて、日本原水協全国集会・分科会が開かれ、全国から千百人が参加し、埼玉代表団四十六人、埼玉土建からは八人が参加しました。集会では、全労連の長尾ゆり副議長が「署名を中心に運動を交流し、核保有国を平和の輪で包囲しよう。私たちの力で核兵器のない世界への扉をひらきましょう」と主催者あいさつをしました。
基調報告した日本原水協の安井正和事務局長は「NPTニューヨーク行動まで残り五十六日に迫っている。自治体、住民ぐるみで『核兵器全面禁止のアピール』署名を全力で広げよう」と呼びかけました。また、集会後、八つの分科会にわかれ核兵器廃絶に向けた平和学習を行いました。
二日目の三月一日は、「三・一ビキニデー集会」の前に、ビキニデー静岡県実行委員会と日本宗教者平和協議会主催のビキニ沖原水爆実験の被害で亡くなった「第五福竜丸」元無線長・久保山愛吉さんのお墓まで献花墓参行進が行われ、小雨のなかでしたが、被爆七十年を核兵器のない世界への転換点にしようと、約千六百人がJR焼津駅から墓がある弘徳院まで行進し、久保山さんの遺影にバラの花をお供えしました。
午後からは、「被災六十一年二〇一四年三・一ビキニデー集会」が二十八日の全国集会と同じ会場の焼津市文化センターにて開催され、二千人が参加、集会には、中野弘道焼津市長の来賓あいさつ、広島市長、長崎市長、マーシャル大使館からはメッセージが寄せられました。ミニ座談会「ビキニ被災事件と(焼津)市民のたたかい」、福島県原水協事務局長の石堂祐子さんからの「福島からの報告と訴え」などが行われ、集会アピールを採択しました。
参加した仲間からは「全国の仲間の取り組みに励まされた」「全国から若い参加者が多く刺激を受けた」「被災者の話を生で聴ける機会やビキニ事件をさらに学ぶことができ、ぜひ多くの仲間に参加してもらいたい」との声がありました。

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